|
「和を以て貴しとなす」聖徳太子の十七条憲法の冒頭である。オリジナルは論語の中の有子の言葉の中にある様だ。 さて、この言葉は多くの日本人が好んで用いる言葉だが、果たして一般的解釈のように、ただ最初から「争いはいけない、仲良くしよう」という解釈が本当に正しいのかどうか疑問に思っている。むしろ、時代背景を考えれば内紛、戦乱や疫病が続いて治世が乱れていた事を考えれば、このように言って収めなければならなかったのではないか。 即ち、豪族達が争い、天皇が謀殺されたりした世であったから、その経過には争いがあっても最終的に「和」に至れば良いという意味だろうと解釈する。というのも後半の「然れども、上和ぎ下睦びて、事を論うに諧うときは」それまでの排仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏の対立を意識したものだろう。物部も蘇我も別に国家転覆を狙って、排仏だの崇仏だのを言っていたわけではない。同じく、国の安泰を考えていたはずである。人は徒党を組み、意見は違うものだが、それを争っても最後に「和」に至ことが重要だと解釈する方が自然である。 それは第二条によっても明らかだろう。「人はなはだ悪しきもの少なし。よく教えうるをもって従う」。つまりこの前提には「人は野蛮で争うものだが、教えればわかるだろう」という事である。とすれば、途中に争いがあっても、最終的に「和」に至ことこそが重要という事に違和感はない。 麻生君、恐れるな。逃げずに戦え。難局を乗り越えよう。それは次の宰相にしても同じ事。誰かは必ず悪く言うもの。最終的に国がまとまる事、まとめる事。これこそが重要だろう。 ところで麻生君、もう少し古典と漢字を補習しておこうか! |
| << 前記事(2009/01/08) | トップへ | 後記事(2009/01/09)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2009/01/08) | トップへ | 後記事(2009/01/09)>> |